市場・経済

バングラデシュとベトナム・インドを比較する。同じ物差しで見た7つの論点

アジアの複数の工業地帯を並べて比較する構図のイメージ

「バングラデシュの人件費はベトナムの3分の1」。こうした比較を目にしたとき、次に確認すべきことは何でしょうか。

いつ時点の数字か。どの職種か。基本給か、社会保険料や残業代を含めた総額か。そして、比較対象の数字は同じ調査から取られているか。この4点が揃っていない比較は、社内稟議の根拠にはなりません。

この記事は、同一の調査・同一の定義・同一の時点で揃えたデータを使い、バングラデシュ、ベトナム、インドの3か国を7つの論点から比較します。中心となるのは、ジェトロが2025年8月19日から9月17日にかけて実施し、20か国・地域の日系企業5,109社から有効回答を得た『2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)』です。

結論を先に述べます。バングラデシュが明確に優位なのは、労働集約的な工程における人件費と、採用のしやすさに限られます。 日系企業の集積、業績、事業拡大意欲は、いずれもベトナムとインドが上回ります。総合力で選ぶ国ではなく、目的を特定して選ぶ国です。

本記事の情報は、2026年8月9日時点で確認できる公開情報に基づいています。バングラデシュ単体の基礎情報はバングラデシュはどんな国か。ビジネス目線で押さえる7つの基本で扱っています。

この記事の要点

  • ジェトロの調査によると、製造業・作業員の基本給(月額、2025年8月時点)はバングラデシュ94ドル、ベトナム302ドル、インド329ドルでした。
  • この賃金差は職位が上がるほど縮まります。マネージャー層ではバングラデシュ597ドル、ベトナム1,179ドル、インド1,596ドルとなり、作業員で3倍以上あった差が約2分の1に縮小します。
  • 直近2年間で「採用が困難になっている」と回答した企業は、バングラデシュ19.6%、インド35.6%、ベトナム48.2%でした。
  • 2025年の営業利益を「黒字」と見込む企業はインド75.5%、ベトナム67.5%、バングラデシュ50.0%。一方、今後1〜2年の事業展開を「拡大」とする回答はインド81.5%、ベトナムとバングラデシュがともに56.9%でした。
  • 米国の対アジア関税は2026年に大きく変わりました。2026年7月24日以降、バングラデシュとインドはいずれも通商法301条に基づく追加関税の10%区分に分類されています。

なぜ「同じ物差し」が必要なのか

比較記事の価値は、集めた数字の多さではなく、比較可能性にあります。

海外の賃金比較でよく起きる問題は、出所の異なる数字が並列されることです。ある国は政府統計の最低賃金、別の国は民間調査の平均給与、さらに別の国は数年前の数値、という具合に混在すると、差は実態ではなく調査手法の違いを反映してしまいます。

本記事では、この問題を避けるため、賃金・人材・業績・事業展開の各項目をすべて同一調査から取っています。この調査は日系企業を対象としており、対象は日本側の出資比率が10%以上の現地法人、支店、駐在員事務所です。職種の定義も統一されています。

  • 作業員:正規雇用の一般工職で実務経験3年程度
  • エンジニア:正規雇用の中堅技術者で専門学校もしくは大卒以上、実務経験5年程度
  • マネージャー(製造業):正規雇用の営業担当課長クラスで大卒以上、実務経験10年程度

ただし、この調査にも限界があります。それは後半の「この比較の限界」で正直に示します。まず、数字を見ていきます。

論点1:日系企業の集積

最初の論点は、進出先で「先例と情報がどれだけ得られるか」です。

同調査の対象企業数は、ベトナム2,008社、インド930社、バングラデシュ172社でした。有効回答数はそれぞれ906社、385社、59社です。この対象企業数は、各国に進出している日系企業の規模をおおまかに示しています。

バングラデシュの日系企業数は、ベトナムの約12分の1、インドの約5分の1の水準にとどまります。

この差が実務にもたらす影響は具体的です。同業他社の進出事例が少ない、現地に精通した日本語対応の会計事務所や法律事務所が限られる、日系の物流・検品サービスの選択肢が狭い、トラブル時に相談できる先が少ない。裏を返せば、競合が少ない環境ともいえますが、初期の情報収集コストは確実に高くなります。

なお、ジェトロ・ダッカ事務所によると、駐在員事務所を含めたバングラデシュ進出日系企業は338社(2026年3月時点)です。

論点2:賃金は「職位が上がるほど差が縮む」

最も関心の高い論点です。同調査による基本給(諸手当を除く、2025年8月時点、米ドル、平均値)は次のとおりです。

職種バングラデシュベトナムインド
製造業・作業員94ドル302ドル329ドル
製造業・エンジニア250ドル538ドル658ドル
製造業・マネージャー597ドル1,179ドル1,596ドル
非製造業・スタッフ358ドル784ドル743ドル

この表から読み取るべきことは、水準の低さではなく、差の縮まり方です。

作業員で見ると、バングラデシュはベトナムの約3割、インドの約3割の水準です。ところがエンジニアでは約5割・約4割、マネージャーでは約5割・約4割となり、差は明確に縮まります。

つまり、バングラデシュの賃金優位は、労働集約的な工程に集中しています。 技術者や管理職を厚く配置する事業モデルでは、優位性は想定より小さくなります。この点は、単純な人件費比較だけを根拠に進出を判断すると見誤りやすい部分です。

社会保険料や残業代、賞与を含めた年間実負担額(1人あたり、退職金を除く)でも傾向は同じです。製造業・作業員の年間実負担額は、バングラデシュ1,736ドル、ベトナム5,270ドル、インド5,202ドルでした。基本給での比較と同じく、バングラデシュは3分の1程度の水準です。

編集部の視点:賃金比較は、進出判断において最も注目される一方、最も単独では使えない指標でもあります。当編集部では、賃金は「工程あたりの人件費」ではなく「製品1単位あたりの総コスト」に置き換えて検討することをおすすめします。バングラデシュの場合、原材料の輸入依存度、リードタイム、電力・ガスの安定性、離職率がこの計算に大きく影響します。賃金が3分の1でも、総コストが3分の1になるとは限りません。

論点3:賃金上昇圧力と採用環境

次に、その賃金がどのくらいの速度で上がるか、そして人が採用できるかを見ます。

同調査によると、2026年のベースアップ率(見込み、全職種平均)はインドが9%台、バングラデシュが8%台、ベトナムが5%台でした。インドとバングラデシュは高い上昇圧力にさらされており、現在の賃金差が今後も同じ幅で続く前提は置けません。

採用環境には、はっきりした違いが出ています。直近2年間の雇用環境について「採用が困難になっている」と回答した企業は、ベトナム48.2%、インド35.6%、バングラデシュ19.6%でした。 調査対象20か国・地域のうち、バングラデシュは下から3番目の低さです(最も低いのはインドネシア13.5%、次いで中国18.6%)。

労働力の供給に相対的な余裕があることは、バングラデシュの明確な優位点です。一方、採用が容易であることと、必要な技能を持つ人材が採用できることは別の問題です。この点は人材・労務の記事で詳しく扱います。

競合環境も国によって異なります。人材獲得で「最も競合する相手」を尋ねた設問では、バングラデシュは地場企業29.4%、日系企業21.6%、中国系企業19.6%。ベトナムは地場企業29.7%、日系企業24.4%、中国系企業19.9%、韓国系企業6.2%。インドはインド企業46.0%、日系企業16.7%と、地場企業との競合が突出しています。

論点4:業績と拡大意欲の「ねじれ」

進出済み企業がどう評価しているかは、外から見えない情報を含みます。

2025年の営業利益見込みを「黒字」と回答した企業の割合は、インド75.5%、ベトナム67.5%、バングラデシュ50.0%でした(調査対象20か国・地域の総数は66.5%)。バングラデシュは平均を大きく下回ります。

ただし、推移を見ると別の姿が現れます。バングラデシュの黒字割合は2024年の41.9%から2025年に50.0%へ8.1ポイント上昇しました。2020年には23.5%まで落ち込んでいたことを踏まえると、回復基調にあります。

そして、今後1〜2年の事業展開の方向性では興味深い結果が出ています。「拡大」と回答した企業は、インド81.5%、ベトナム56.9%、バングラデシュ56.9%と、後者2か国が同率でした(総数は45.0%、参考までに中国は21.3%)。

黒字割合ではベトナムに17.5ポイント差をつけられているバングラデシュが、拡大意欲では同水準にある。 このねじれをどう読むかが、この記事で最も判断を要する部分です。

編集部の視点:当編集部では、このねじれは進出企業の業種構成の違いを反映している可能性が高いと考えます。バングラデシュの進出日系企業は繊維・衣服関連の比重が高く、既に事業目的が明確な企業が中心です。母数が少ない分、「様子見の企業」が含まれにくいという構造的な事情も考えられます。ただしこれは公開データから直接確認できる事実ではなく、編集部の解釈です。稟議資料に用いる際は、拡大意欲の数値のみを引用し、この解釈は分けて扱ってください。

なお、事業を拡大する企業がどの機能を拡大するかにも違いがあります。バングラデシュでは「生産(汎用品)」36.4%、「生産(高付加価値品)」30.3%と生産機能の割合が高く、インドは「販売」70.3%が突出しています。バングラデシュは生産拠点、インドは販売市場という位置づけの違いが、企業行動に表れています。

論点5:米国の関税措置は2026年に3度変わった

対米輸出を伴う事業では、関税の位置づけが判断を左右します。ただしこの論点は、2026年に入って前提が大きく崩れました。経緯を正確に押さえる必要があります。

2025年4月に導入された相互関税では、バングラデシュは当初37%、その後の交渉で20%、2026年2月9日の二国間協定で19%とされました。インドは25%から2026年2月6日に18%へ、ベトナムは2025年7月に20%で合意していました。

しかし、米国連邦最高裁判所は2026年2月20日、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税を無効と判断しました。 これを受けて相互関税は2026年2月24日に適用停止となり、代わりに1974年通商法122条に基づく一律10%の課徴金が導入されました。この122条関税についても、米国国際貿易裁判所が2026年5月7日に違法とする判決を下しています。

122条関税は150日の上限に達し、2026年7月24日に失効しました。同日、米国通商代表部(USTR)は1974年通商法301条に基づく新たな追加関税を発動しました。強制労働産品の輸入を禁止していない、または効果的な措置を取っていないことを理由に、日本を含む60か国・地域からの輸入に10〜12.5%の追加関税を課すものです。

USTRが公表した官報によると、10%区分に分類されたのは、アルゼンチン、バングラデシュ、カンボジア、カナダ、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、インド、インドネシア、ヨルダン、マレーシア、メキシコ、パキスタン、スリランカ、英国、トリニダード・トバゴの17か国・地域です。ベトナムはこの10%区分に含まれていません。

整理すると、2026年8月9日時点で、バングラデシュとインドはともに10%区分にあり、ベトナムはより高い区分に分類されています。

ただし、この状態が続く保証はありません。相互関税は最高裁判決で無効となり、122条関税も下級審で違法とされ、現行の301条関税は「つなぎ」の性格を持つと指摘されています。2026年の8か月間で適用される制度が3度変わったという事実そのものが、この論点の最も重要な示唆です。 関税上の有利さを前提に生産地を決める判断は、現時点では相当の注意を要します。

対米輸出の依存度自体も3か国で異なります。同調査で「米国に輸出あり」と回答した企業は、ベトナム35.0%、インド21.3%、バングラデシュ16.1%でした(日系企業ベース)。

7つの論点の比較表

論点バングラデシュベトナムインド
調査対象日系企業数172社2,008社930社
作業員 基本給(月額)94ドル302ドル329ドル
マネージャー 基本給(月額)597ドル1,179ドル1,596ドル
採用が困難になっている19.6%48.2%35.6%
2025年 営業利益「黒字」50.0%67.5%75.5%
今後1〜2年「拡大」56.9%56.9%81.5%
301条関税区分(2026年7月〜)10%10%区分外10%

この表の要点は3点です。第一に、バングラデシュが優位なのは賃金と採用のしやすさの2項目に限られます。第二に、インドは業績・拡大意欲でともに最高水準ですが、賃金上昇率も最も高い水準にあります。第三に、ベトナムは日系企業の集積で圧倒的ですが、採用難易度が3か国で最も高く、関税区分でも不利な側に分類されています。

賃金・採用・業績・拡大意欲の各数値は、いずれもジェトロ『2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)』(2025年8〜9月実施)によります。関税区分はUSTRが2026年7月23日に発表した官報に基づきます。

どの企業に、どの国が適しているか

比較の結論は、順位ではなく適性で示します。

バングラデシュが検討に値する場合

  • 労働集約的な工程を持ち、作業員比率が高い生産を計画している
  • 縫製・繊維関連で、既存の産業集積を活用した調達・生産を行う
  • ベトナムでの採用難・賃金上昇に直面し、代替地を探している
  • 3〜5年以上の時間軸で投資を回収でき、制度変更に対応する体制がある

ベトナムが適している場合

  • 電機・電子、機械など、既存の日系サプライチェーンを活用したい
  • 日本語対応の支援体制や物流網を重視する
  • 技術者を多く配置する工程で、一定の技能水準を必要とする

インドが適している場合

  • 現地市場での販売が主目的である(拡大企業の70.3%が販売機能を拡大)
  • 中長期で大規模な内需を取りに行く体力がある
  • 賃金上昇(9%台)を前提としても採算が合う付加価値がある

3か国いずれも慎重に考えるべき場合

  • 対米輸出の関税優遇を主たる根拠としている(制度が2026年に3度変わっています)
  • 短期の投資回収を前提としている
  • 現地に人員を割かず、代理店やパートナー任せの運営を想定している

この比較の限界

正直に示しておくべき限界が3つあります。

第一に、バングラデシュのサンプル数が小さいことです。 賃金データの回答企業数は、製造業・作業員でバングラデシュ16社(ベトナム308社、インド105社)、年間実負担額で15社(同266社、93社)にとどまります。16社の平均値は、数社の回答によって大きく動きます。 傾向を示す数値としては有効ですが、精密な予算計上の根拠には向きません。実際の採用にあたっては、現地の人材会社や進出企業からの個別情報が必要です。

第二に、日系企業のみを対象とした調査であることです。 現地企業や他国系企業の賃金水準とは異なる可能性があります。日系企業は相対的に高い水準を支払う傾向があるとも指摘されます。

第三に、賃金以外の総コストが含まれていないことです。 電力・ガスの安定性、物流のリードタイム、原材料の輸入関税、離職率と再教育コストは、この比較に反映されていません。バングラデシュでは2026年7月以降、新規産業向けガス接続の承認が停止されており、生産計画に影響が及ぶ可能性があります。この点はバングラデシュ市場の魅力と難しさで扱っています。

次に確認すべき4項目

  1. 自社の工程における作業員・技術者・管理職の人数構成を確認する(賃金優位が効く構成かどうかが決まります)
  2. 賃金以外のコスト項目(電力、物流、原材料関税、離職率)を洗い出し、総コストで比較し直す
  3. 対米輸出がある場合、301条関税の自社品目への適用状況を通関業者に確認する
  4. 候補国それぞれについて、現地で相談できる先(会計事務所、人材会社、物流会社)が確保できるかを確認する

よくある質問

Q1.バングラデシュの人件費はベトナムの3分の1というのは正確ですか。

製造業・作業員の基本給(2025年8月時点)で比較すれば、おおむね正確です。バングラデシュ94ドルに対しベトナム302ドルで、約31%の水準です。ただしこれは作業員に限った話で、マネージャー層では約51%まで差が縮まります。また回答企業数がバングラデシュは16社と少ない点にご注意ください。

Q2.なぜバングラデシュの日系企業の黒字割合は低いのですか。

公開データから直接の理由は確認できません。2025年は50.0%で、前年の41.9%から改善しています。20か国・地域の総数66.5%と比べると低い水準ですが、推移としては回復傾向にあります。個別の業績要因については、進出企業への個別確認が必要です。

Q3.米国の関税は結局どうなっているのですか。

2026年8月9日時点では、2026年7月24日に発動された通商法301条に基づく追加関税が適用されています。バングラデシュとインドは10%区分、ベトナムは10%区分に含まれていません。ただし2026年に入ってから制度が3度変わっており、今後も変更される可能性があります。自社品目への適用は通関業者にご確認ください。

Q4.3か国のうち1か国を選ぶとしたら、どこですか。

この問いには一般的な答えがありません。労働集約的な生産ならバングラデシュ、既存の日系サプライチェーン活用ならベトナム、現地販売ならインドという適性の違いがあります。自社の目的を特定せずに国を選ぶ順序では、判断を誤ります。

まとめ

同一調査で比較すると、バングラデシュの優位は2点に集約されます。労働集約的な工程における人件費と、採用のしやすさです。

作業員の基本給は月額94ドルでベトナム・インドの3分の1以下、採用が困難と感じる企業の割合は19.6%で3か国中最も低い水準にあります。一方、日系企業の集積はベトナムの約12分の1、営業利益の黒字割合は50.0%で20か国・地域の平均を下回ります。

賃金差は職位が上がるほど縮まり、マネージャー層では約2分の1になります。技術者や管理職を厚く配置する事業モデルでは、優位性は想定より小さくなります。

そして、対米輸出の関税優位を根拠にする判断には特に注意が必要です。2026年の8か月間で、適用される制度は3度変わりました。

比較すべきは国の優劣ではなく、自社の目的との適合度です。

次のアクション

ご利用にあたって

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別案件に対する法律・税務・投資等の助言ではありません。関税措置は2026年に複数回変更されており、自社品目への適用可否は通関業者・専門家へご確認ください。賃金データは日系企業を対象とした標本調査に基づく平均値であり、実際の採用水準を保証するものではありません。記載した数値・制度は2026年8月9日時点で確認できた公開情報に基づきます。

参考資料・出典

比較の基礎データ

米国の関税措置

バングラデシュの基礎情報